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【ロンドンの旅_vol.4】「嫌われたくない」は、相手を「信じたい」気持ちだった(2019/09/12)

以前のブログで大学時代の恋愛のトラウマから「嫌われたくない」という気持ちが私にはとても強いと綴りました。


“私は、自分のワガママを通して人から嫌われてしまうことが本当に怖いんです。

長女だし、優等生キャラで、お母さんキャラで、出来る子、真面目な子、頑張り屋さん、のイメージ通り「自分のワガママを通すことよりも、人の気持ちを察しすぎてしまう」のです。

そして、どうしても人に一生懸命応援したり、尽くしたり、もてなし過ぎて、頑張りすぎてしまうので、最後には自分が疲れて、「こんなに尽くした(頑張った)のにどうして・・・」と思ってしまうんです。

尽くしてほしい(頑張ってほしい)なんて相手は一言も言ってないのに。。。。

人間関係全てにおいては、嫌われることの恐怖が消滅することはきっとありません。

こんな風に綴り『嫌われてもしょうがない』と割り切りってしまえばいいのかなって思ってたんですが、なんだか少し腑に落ちませんでした。

私の「嫌われたくない」症候群は言い方を変えれば「相手を信じたい」ということなんじゃないかと、今日ふと気づいたんです。

この広い世界の中で、少しの間でも長い間でも、共に時間を共有することになった人って、やっぱり何かのご縁で繋がっていると思うんですよ。

何か学びがある(学ばなきゃいけないことがある)から相手とご縁が出来るわけで、何も学びがないように思えても絶対に何かあるんです。

それが、何かトラブルを吹っかけてくる人でも、いい関係を築ける人でも、上司でも、同期でも、親友でも、夫でも、子供でも、1日だけ会った人でも。

一緒にいる時間が長い人ほど、特に何か深い学びを得るために巡り合わされたと思っています。

だから、相手に対して何かの拍子に「嫌い」というレッテルを貼ってしまうと、途端に学びの糸口が見えなくなる気がします。

「苦手」と思うことはあるけど、私は人を「嫌い」と思うことはありません。

過去に何人か「この人とは正直ちょっと関わりたくないな・・・」と思うほど苦手な人がいました。

でも、それぞれの方が私にとっては仲良くしている友人たち以上に大切なことを教えてくれたと思っています。

例えば、

・こんな風に自分一人で仕事をどんどん拡大していって、誰にも任せられずに、自分が倒れてしまったらダメになるようなワンマン経営はしてはいけないな

・まずはお金の話から始まって、条件を確認した後にやるかどうかを判断するのではなく、私は自分の「ワクワク」に従って仕事を選びたいな

・私なら、人生を変えるために自分で選んだことを最後までやり通すけれど、その途中で自分のこと以上に友人のことを優先し、自分を犠牲にするって凄いなぁ(私には出来ないなぁ)

とかね。(どの事例も、良し悪しの判断は人それぞれだという視点で読んでください)


何度かそんな人に出会ううちに、すぐに「この人から私は一体何を学ぶんだろう?」という視点で人間観察をするようになりました。

私は、自分が主人公の『人生』という映画に対して、無駄な役の人は現れないと思っています。

ちょい役の人が主人公の私にケチつけてきたり、嫌ってきても、それは映画を盛り上げるためのワンシーンにすぎません。

だから、例えば、これから認定講師になるZさんという方がいるとして、その人が仮にふんわり糀家を乗っ取り、めちゃくちゃにして教室がなくなってしまう未来があるとしましょう。

それも映画を盛り上げ、最後はハッピーエンドで終わり、感動の嵐を全国のスクリーンにお届けするためのワンシーンなんです。笑

(“Zさん”としたのは、Zから始まる下の名前の女性はきっといないだろうという意味でつけました。自分のイニシャルが嫌な例え話に使われてたら、ちょっと嫌じゃない?)

だから世間的には「お人好し」と言われるかもしれませんが、私の世界である『人生』という映画上では、ハッピーエンドに繋がるための人としか出会わないと思っています。

それが、言葉を変えると「相手を信じたい」ってことなんです。

相手の悪いところを見始めると本当にキリがありません。私だって悪いところが沢山あって、人をイラっとさせてしまう態度を取ることもあります。

でも、相手の悪いところや気になるところって、実は自分にも思い当たる節があるはずです。


例えば「〜さんは、いちいち嫌味な言い方をしてくる」→自分にもそういう節がありませんか?

「〜さんの言葉に傷ついた」→自分は傷つけたいと思って言ってたわけじゃないってことありませんか?

こういう時、もちろん少し落ち込むけど、お風呂に入るか寝れば小さいことなら忘れられるし、自分にも相手にも何か学びがあったんじゃないかな?って思うように努めます。

(もちろん「嫌だった!」って思うことは間違いじゃない。けど、それを愚痴として誰彼構わず吐き出す前に、ノートに書くとか、人を選んで相談するとか、そうやって気持ちを昇華していきます)

人間は陰陽なんですよ。月と太陽。光と闇。

みんな表と裏がある。

だから、自分の人生に関わる人たちの光の部分にスポットを当てて見ていたいって私は思っています。

本当はちゃんと闇があることもわかっているし、闇を見たくないって言ってるわけじゃない。

スポットをどこに当てますか?ってこと。

どんなに闇が強くても、光が必ずあるわけで、それが私の人生という映画に登場する人物なんだったら、絶対に光を信じたい(悪いことされても最後はハッピーエンド)って思うんです。

もちろん、どうしても光にスポットを当てられないのであれば、距離を置くのが一番です!それは家族であっても、友人でも、同期でも、仲間でも。(のりさん論)

そして、こっからは私の持論ですが、距離をおいたなら、それ以上その人のことを自ら絶対に口にしない(愚痴を誰かにこぼさない)こと!

誰かに愚痴をこぼして「あなたの方が凄いよ、正しいよ、辛かったね」って共感してもらえて一見満足できたと思っても、それは自ら嫌な記憶を蘇らせ、心に深く積もらせているだけの行為です。(経験者は語る。笑)


ちなみに、人だけじゃなく、出来事にも光と闇が必ず存在します。

だから、私は光の出来事を目の当たりにしている時は全力でそのパワーを浴びるし、闇の出来事があったら、脳裏のどこかで消えそうな光の存在を信じています。

嫌なことがあったら、必ずその後には良いことが起きる!!!

体調が凄く悪くなった後は、めちゃくちゃ凄いことが起きる!!(これは鉄則)

そう信じて、信じて、信じすぎています。

自分で言うのも何ですが、その点はかなりピュアだと思います。


具体的にはね、8/31に「加古川でのトークショー」(光の出来事)を終え

いざロンドンに来て1週間経って、ベルギー行ったら初日から高熱で殆ど食べれず2日間寝込み(闇の出来事)

ロンドンになんとか帰ってきたものの、今日も1日中寝て、朝はあんまり食欲湧かなかったんだけど、なんとかミカン食べれて、ブリオッシュかじれて、今に至る。

けど、こうしてふと言葉が降りてきて、ブログの更新が出来るまでにやっと回復しました。


海外で、絶望的なほど体調が悪くなった時、脳は殆ど何にも良いことなんて考えられないの。

でも、どこかで僅かに光を信じていたい自分がいて、こんな出来事があったからには、私はまた元気になって、光を沢山見に行ける!って心の底から思えるんです。

健康って本当にありがたい。

心も身体も元気じゃなきゃ何も出来ない。

自分の内なる声をよーく聞いて、無理せずに、自分の気持ち(本音)の赴くままに、素直に、楽しい人生を生きていきたいもん。

そのベースとなるのが健康だよ。本当に、そう思います。





寝込む前に、フランスとドイツから友人たちが会いに来てくれて皆んなで食べたベルギー郷土料理も、ロンドンへの帰り際に一口だけ食べれたワッフルも美味しかったんだけど・・・。

一杯約1,700円のYuzushio-Ramen(ゆず塩ラーメン)と、サロンマネージャーAyahoさんが宿のキッチンで作ってくれたスープやおかゆ(まるみ麹さんの福塩サン海苔さんの佐賀のり、それと醤油麹や味噌を合わせて食べる)の方が最高に美味しかった〜。

やっぱり発酵調味料と、手作りのごはんに勝るご馳走はありません。

みなさん、海外に行くときには、風邪薬と発酵調味料を絶対忘れずに〜!


ってわけで、私はベルギーの観光を殆ど出来なかったので、街の様子などはAyahoさんが【ふんわり糀家サロンマネージャーブログ】で盛りだくさんでに綴ってくれてますよ〜!

とりあえず友人たちと会うことがベルギーに行く最大の目的だったので、そういう意味では十二分に満喫した小旅行でした。笑

友人たちの力添えで、来年はパリ(フランス)とデュッセルドルフ(ドイツ)でも発酵食レッスンすることになっちゃうかも。

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