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想像の範囲を有りえないくらい超えたもの(2017/06/09)


5月26日〜6月6日まで、愛知の知多半島・三重の伊勢神宮・埼玉の実家・北海道のトマムと札幌へと行ってきました。

高松に帰ってきたら季節は移ろい、もう梅雨ですね。


10日間、色んなことがありました。
まずは前回のブログで書いたとおり、お伊勢様に行った時に神様からのお告げをいただきました。

『いつも神社に詣でる時「私と家族と、私に関わってくれる全ての方が幸せでありますように」と祈り続けてきました。

けれど、先週末にお伊勢さまへ行った時ふと「みんなの幸せよりも先ずは、貴女が幸せになる事を考えよ。自分だけでなく周りの幸せまで願うのは図々しい」と言われた氣がしたんです。

瞑想していても浮かぶのは、「もっと自分自身の事に意識を向けよ」という心の声でした。』


東京レッスンの中止を決めて、内心安堵もしたし、不安も感じました。

「これで本当に良かったんだろうか?」と。

でも、その後にたくさんの生徒さまから私の決断に共感したとメッセージをいただきました。

さらに、大学時代の友人からは「香川の土地と人と食材と、すべてを愛しているなっちゃんがどうやって東京でレッスンするんだろう?とは思ってたの!」と言われて、ピシャーンと私に雷が落ちました。

本当にその通りなんですから。

物凄く腑に落ちました。


お伊勢様のすぐ近くにある「猿田彦神社」にも行ってきたのですが、ここは道開きの神様なんです。

1日目に外宮を見て、2日目に内宮を見た後に猿田彦神社へも行ったのですが、猿田彦神社に行く手前に軽く熱中症のような怠さを感じました。

すごく暑かったから本当に軽く熱中症だったのかもしれませんが、もしかしたら身体の怠さも神様のお告げ?だったのかもしれません。

東京レッスンを辞めると決められたのもお伊勢様と猿田彦神社のおかげです。


一度決めたことを辞めるって正直最初は怖かったです。

自分や周りの人との約束を破るってことだと思ってました。

でも、状況や心境は日々刻々と変化するし、そもそもやると決めた時の自分の氣持ちは本意だったのかってことが大事だと思うんです。

私は今年の初めにも一度「途中で辞める」という大きな決断をしています。

決断に至るまで凄く苦しかったし、辛かった。

そして散々迷い悩んだ。

周りの誰かを困らせた。

けれど、自分の本心に嘘を突き通してまで続けることは出来なかった。

手放したくない。

手放すことなんて考えられない。

けど本当は手放したい。

そう思うものを手放せた時ほど、その後に入ってくるものは、とてつもなく大きく自分にとって非常に価値あるもの。

一度その法則がわかるようになると、不安の先には希望が見えるようになったんです。

だから今回も、東京レッスンを辞めると決めた後、不安と共に「今度はどんな希望の光が見えるのか」と何処かで期待していました。


そして、トマムで出会った雲海がこちら。
出現率8%という非常に稀な雲海。

こんな出会いを引き起こしたのも、決断のお陰だったのかもしれません。


伊勢神宮の家族旅行に引き続き、トマムには妹と一緒に行ったので、写真は全て彼女が撮ってくれました。

珍しい雲海が見れて「私たちやっぱりツイてるね」と話す姉妹。

雲海スポットは気温5℃のため貸し出し用のベンチコートを着る私です。

そして、トマムを離れて札幌に行き、発酵食に関する研修会にて700人を前に私がスピーチすることになっちゃったんです。


これがまたすごい流れで、軽くコメントする程度だと思って会場に行ったら主催者方々から「笠原さんのホームページを見させていただき、凄く想いのある方だと感じ共感しました。もうこれはぜひ教室のことや体験談について語ってほしい。笠原さん以外にはこんな方いません。」と言われたんです。

700人もいるのに、しかも私たぶん下から数えた方が絶対早いくらい若造なのに、私でいんですか⁉︎とそんな有りえない展開だったんです。

手放したくない。

手放すことなんて考えられない。

けど本当は手放したい。

そう思うものを手放せた時ほど、その後に入ってくるものは、とてつもなく大きく自分にとって非常に価値あるもの。

まさにこれだ!と思いました。

いつもこうやって想像の範囲を有りえないくらい超えたものが来るんです。

自分の想像力なんて大したことないし、自分が想像できない現実が世の中にはたくさん存在するんだと痛感します。

本音の自分と向き合えた時の化学反応は強烈です。

それで、こんな機会を与えられ今までの教室での思い出を整理しなきゃと思うのですが緊張しすぎてどうにも頭が回らない。。。

ということでLINEの皆様に「どうか私に勇氣をください!」とお願いしました。

そしたら、また本当に嬉しいことに突然のお願いで日曜の夜だったのに、30人以上の方がメッセージをくださって。。。

それを読みながらまた込み上げてくるものがあって、あぁこんなこともあった、あんなこともあった、生徒さまもその家族も発酵食によって今では沢山の幸せの循環が創られているんだとわかって。。。

胸がいっぱいになりました。

もちろんスピーチは皆さんのお陰で本当に素晴らしかったとお褒めいただくような内容になったのですが、話してる途中で生徒さん一人一人との思い出が鮮明に蘇ってきて泣きそうになりました。

本当に、ほんとうに、ありがとうございました。



<スピーチ全文>

皆さんこんにちは。

今ご紹介があったように、私は2012年、24歳の時に慢性骨髄性白血病になりました。

それまでも食には人並み以上に興味があり氣を使っていて、すごく肌荒れしやすいタイプだったので食べるものにとても興味が強かったのです。

けれど、病氣になったことをキッカケに今までの自分の食事をさらに見つめようと思うようになりました。

白血病というと不治の病というイメージがあるかもしれませんが、今私は薬を飲むだけで日常に特に支障なく生活することができています。

なので、食を通じて自分が今生かされているということ、皆さんに私だからこそ伝えられることがあるんじゃないかと思い、食事をお伝えする料理教室を開きました。

いらっしゃる方は20〜60代まで、全国各地から多くの方が教室に参加してくださいます。

麹を使った調味料を手作りして、甘酒や味噌、塩麹、醤油麹などを活かし、家族みんなで食べられる美味しい料理がどうすれば作れるのかということを提案させていただいてます。


レッスンでは、回を重ねるごとに生徒さんがどんどん変わってゆくのが実感できるのです。

皆さん、1度のレッスンを終えられて、自宅に帰って習ったレシピを家族に作ると「あぁ、これ凄く美味しいね」って家族から言われるようになったんですと話してくれるのです。

「今まで1分でも台所に立つ時間を削りたいと思っていたのに、いまでは今日は何を作ろう?と考えるのがとても楽しみになりました。」

「今までジャンクフードや濃い味付けが大好きだったお父さんが、私の作った料理を初めて美味しいと言ってくれました」と話してくれる方もいます。

「発酵食を食べ始めて、夢が描けるようになりました。」という方

「笑顔が増えたね」と旦那さんに言われるようになった。そんな方もいます。

私は、自分が病氣になった事が最初はすごく辛く、「どうして私が病氣になったんだろう」と思っていたのですが、もし白血病にならなかったらこうして料理教室を開くことも出来ませんでした。

食事の大切さ、麹の力を皆さんに伝えることが私の使命だなんて思うこともなかったでしょう。

今日、色々な方のお話を伺い感じるのは、”人生山も谷もあるけれど、そんなことがあるから日々の幸せを感じられるのかな”ということです。

日々の食事がとても大切だということを私も痛感しますし、生徒さんを見ていても、食事を変えることで自分だけでなく周りの家族や友人もどんどん意識が変わっていきます。

意識が変わっていくと、考え方、生き方が変わっていきます。

最初は自分が学ぶという姿勢だった方も、今度は自分が”誰かに伝えたい”と思うようになっていく。

そんな方も増えています。

だからこそ、こうして今日皆さんの前でお話させていただける、こんな機会を私がもつとは夢にも思っていませんでしたので、またこれをキッカケに沢山の方に麹の素晴らしさ、発酵食の魅力が広まっていったらいいなと思っています。

そして、その発信地として私は”ふんわり糀家”という料理教室をこれからも日々積み上げていきたいと思っています。


(会場スタッフの方からいただいた動画を元に書き起こしました。)

本日も長いブログにお付き合いありがとうございました。

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